ぐずぐず病。
鼻炎じゃないよ。
クズクズ病だと診断されたよ、だいどーに。
君みたいなのをぐずぐず病って言うんだよってw


あのおっさん、写真辞めようと考えた事無いらしいよ。
スランプの間もずっと写真のことを考えていたらしいよ。


誰かがなんか質問するたびに、それもこの本に乗ってるけどね、って言うのに腹が立ったので、写真の辞め方を聞いてみたけど、知らなかったよ。
やっぱ、結局は写真をやめれなかったかわいそうな奴なんだよ。


写真がかわいそうだと、だいどーは言ってた。
撮ったのに見せないのは、写真がかわいそうだと。
前に鷹野さんに「写真は産んでしまった子供みたいなもんだから、大切にしてやらないとかわいそうだ」と言われたのを思い出した。


写真、かわいそうか?
頭おかしいよ、絶対。
写真はモノだ。
写真の立場になって考えてみるなんて、絶対に嫌だ。


だいどーはスランプをある日突然、今日から撮ろうって終えたらしい。
自分にもそういう日が来るんだろうか。
今日から人にどんどん見せようって。
考えただけでも吐き気がする。
まぁ、吐き気は空腹だからなんだけどね。
面倒くさいのと、忙しいのと、食欲がないのとで、一日一食もまともに食ってない。今日はインスタントの海老ワンタン入り米麺を昼に食って、チョコボール食って、さつまりこ食って、酎ハイが晩飯で今飲み始めた。明日は絶対ちゃんと食うから、許して胃袋。


だいどーは、今は解らないだろうけどそれでいいと言ってたけど、嫌だよそんなの。なんで悟ったふりすんだよ。写真の辞め方知らないくせに。

でも、賢いとは思ったよ。
口実があるから写真は存在するって事を理解してた。
意外と言葉が通じるからびっくりした。
もっと、だめな親爺やと思ってた。


写真を辞めたいって言ってる割には、途中抜け出して暗室にいたのはおかしいと皆思ってんだろうな。
首尾一貫してないって。
でも首根っこ見せてないだけで、一貫してるよ。
この世の撮りたいもの撮り尽くせば終わるんじゃないかっていう考えなんやけど、一向に無くならないね。


さっき、広辞苑であまのじゃくの意味を調べてみた。
さらにコダックに言われた異端児って言葉も。
どっちも違うと思うよ。
ただ不器用なだけだ。
自分の意見が必ずしも他人が望んだ返答になる事が少ないだけ。


大体、あまのじゃくって皆もそうだよ。
皆の目からは自分は理解できなくても、こっちも皆を理解出来ないもん。
なんで目標ややりたいことがあるのに全力を出さないのかわかんないよ。時間の使い方次第では、誰だってなんだってやれるよ。


そのスタート地点からの障害物の少なさは、とても羨ましい。
なんで自分は見えない所に重りが載せられてるうえに、最終到達目標が何処にも見当たらないんだろうって被害妄想が働きそうになる。
ちくしょう、なんて軽そうな靴を貰えたんだって。


だめだよね。
他人は他人なのにね。
自分は自分で、自分を作ったのも他でもない自分だからな。




何にも依存せずに生きるには、少し自分に無理をさせすぎたんだな。
今だから言えるけど、綿谷さんに泣かされたのは、きついことを言われたからじゃない。
むしろ、一番いって欲しい言葉を言ってくれた次の瞬間、手のひらを返したからだ。
一番いって欲しかった言葉。死にたけりゃ死にゃいいじゃん。
言って欲しく無かった言葉。好きなら続けりゃいいんだよ。
死にたけりゃ死にゃいいじゃんって、過去に人は簡単には死なないと思い込んでた馬鹿な16歳のガキが言った言葉だよ。言った相手はもういない。
自分以外にも、その言葉を使う大人がいたことにとても喜んだのに、その次の言葉が最悪だった。聞いた瞬間、何かが切れて、涙が出た。
ちくしょうっ、写真なんかやってたら、死ねないんだよっ。





長生きを目標にするよ。
苦しいけど。
嫌だけど。
そのためには、まずどう写真を続けていくかを考えるのが一番安全だろうな。
口実、人に見せるという口実がなければ写真は存在することが出来ない。そんな世界で生き抜くには、人に見せれないとだめだ。
あのおっさんにできて、自分にできないのはとても悔しい。
けど、できないんだよ。
ずっと暗室で考えたけど、どう考えてもずるいよ。
なんで、写真を見たがるの?自分だけ安全な場所にいて。
麻薬のディーラーが絶対自分では薬に手を出さないように、写真を見る側は絶対撮る側の恐怖や不安や悩みを味あわずに眺めてるだけでいいんだもんな。
ちくしょう、ディーラーを目指そうかな。
ディーラーなら、捕まっても罪償えば済む程度だもんな。
でも、他人の写真に興味もてないんだよね。
ぬ〜。
困ったぬ。
今日も、だいどーのスライドの間ずっと自分のポートフォリオの並びを、バライタのべた焼きで作ったミニチュアで延々と睨み合ってたからね。たまに顔あげてスライド見て、皆の睡眠っぷりを見たけど。
そのあとの1回生の写真の講評は最悪やった。
なんか、なんで、そんな長いの?そんなにスランプの時期の事聞きたがるの?って感じで、頭がクラクラしたよ。
気分悪かったから暗室に戻った時にものすごい安堵感を味わったよ。で、ついつい数枚焼いてしまってて、気付いたらかなり時間が経ってて、戻ってみたらたくんの講評始まってた。
たくんが講評の時、何気にいつも変わりにノートにメモったりしてたのに、できなかったね。
覚えてるのは、夜を撮り続ければ、目には見えない夜が映るって言ってて、だいぶ危ないおっさんやとおもったのと、シークエンスになってるやつ数枚を見て、自分が進路を決める訳ではなくバスに連れていかれていて居合わせてしまった感が出てて良いって気に入ってたのぐらいかな。


目には見えない世界か。
見えてる癖に見てないふりしてるだけだろ?って腹が立った。